個人事業として経営している整骨院が、収益の成長とともに税負担や経費の扱い、事業のスケールアップを見据えて法人化を考えるのは自然な流れです。しかし、法人化には思わぬ落とし穴や手間も潜んでいます。
そこで本記事では「整骨院の法人化って、いつ・なにを基準に考えればいいの?」そう悩んでいる方へ向けて、法人化を検討すべき具体的な売上や所得ラインから、法人化によって得られるメリット・デメリット、注意すべきポイントまでを丁寧に解説します。「自分の整骨院は今、法人化すべきか?」という視点で、判断の材料となる知識をこの記事にまとめましたので、ぜひ参考にしてみてください。
整骨院の法人化を検討する目安
整骨院を開業してしばらく経つと、法人化したほうがよいのか悩むタイミングがやってきます。ただし、やみくもに法人化をすすめるとかえって失敗する可能性もあります。そこで本章では、成功させるために法人化を検討する目安をあげます。
年間の所得が800万円を超えた時
整骨院の売上が年間800万円を超えるようになると、法人化による節税のメリットが現れ始めます。
例えば、来院目安でいうと1日20~30人位の患者が来院していたり、自費診療を導入し、1回の施術の顧客単価が高い場合などは売上が800万円超に達するでしょう。個人事業主のままでいると累進課税制度によって、所得が増えるたびに所得税率が上がっていきます。最高税率は45%にも達するので、一定の所得を超えると税負担が非常に重くなります。一方、法人の税率は比較的低く、中小企業の場合、所得800万円までは約15%、それ以上でも23.2%程度に抑えられます。このため、所得が大きくなるほど法人の方が納税額を抑えやすくなります。売上規模が800万円を超えたあたりからは、節税や将来的な経営の安定性を見据えて法人化を検討しましょう。
売上が1,000万円以上になった時
整骨院の年間売上が1,000万円を超えたタイミングは、法人化を真剣に考えるべき重要なポイントのひとつです。なぜなら、個人事業主としてこの売上規模を超えると、2年後からは原則として消費税の納税義務が発生するからです。
しかし、法人化を行うとこのカウントをリセットでき、法人設立からさらに2年間、消費税の納税が免除される可能性があります。この仕組みをうまく活用すれば、資金繰りや経営の安定に大きなメリットとなるでしょう。ただし、すでにインボイス制度の影響で課税事業者として登録している場合は、法人化してもすぐに消費税の納税対象になるため、この猶予措置は受けられません。自身の状況を正確に把握したうえで、最適なタイミングでの法人化を検討することが重要です。
整骨院を法人化するメリット
整骨院を法人化すると、税制や経営面でさまざまなメリットが得られます。本記事では、整骨院ならではの具体例を交えながら、法人化のメリットについて詳しく解説します。
経費の幅が広がる
法人化すると、個人事業主では認められなかった経費の計上が可能になり、節税の幅が広がります。
例えば、個人事業主の場合、自宅兼整骨院の家賃は一部しか経費計上できませんが、法人化すると事務所家賃やスタッフの制服代、セミナー参加費なども法人の経費として計上できるようになります。また、役員報酬として自分の給与を設定し、それに伴う社会保険料や退職金の準備も可能になります。特に、最新の施術機器を導入する際、法人なら減価償却を活用でき、長期的なコスト管理がしやすくなる点も大きなメリットです。
課税率が低くなる
個人事業主の所得税は累進課税で、所得が増えるほど税率が上がります。一方、法人税は一定の税率が適用されるため、所得が高くなると法人化した方が税負担が軽減される可能性があります。
例えば、整骨院の売上が順調に伸び、年間の所得が800万円を超えると、個人所得税の税率が高くなりがちですが、法人化することで法人税率の適用を受け、結果として税負担を軽減できます。さらに、法人では決算期を柔軟に設定できるため、繁忙期と閑散期の売上に応じた節税対策も可能になります。
事業拡大に役立つ
法人化すると、金融機関からの融資を受けやすくなり、事業拡大がしやすくなります。特に、整骨院の場合、新規の分院を開設する際には多額の資金が必要になりますが、法人であれば信用力が高まり、銀行からの融資が受けやすくなります。
また、法人は社会保険への加入が義務化されるため、従業員の福利厚生が充実し、優秀なスタッフを採用しやすくなる点もメリットです。これにより、施術スタッフの確保が容易になり、患者へのサービス向上にもつながります。
有限責任になる
法人化することで、事業の負債が個人の責任から切り離され、経営者は有限責任となります。個人事業主の場合、整骨院の借入や賠償責任がすべて個人に及びますが、法人では会社の資産と経営者個人の資産が明確に区別されるため、万が一のトラブル時にも個人資産を守ることができます。
例えば、施術中の事故やクレームが発生した場合でも、法人として対応することでリスク管理がしやすくなり、事業継続の安定性が増します。また、事業承継の際にも法人の方が手続きがスムーズになるため、長期的な視点での経営戦略が立てやすくなります。
整骨院を法人化するデメリット
整骨院を法人化すると、さまざまなメリットがありますが、一方でデメリットも存在します。本記事では、整骨院を法人化する際に特有のデメリットについて詳しく解説します。
法人設立にコストがかかる
整骨院を法人化する際には、設立時のコストが発生します。主な費用として、定款の認証にかかる公証役場の手数料(約5万円)、法人登記にかかる登録免許税(最低15万円)、司法書士や税理士に依頼する場合の報酬が挙げられます。特に整骨院では、治療設備や施術ベッド、電子カルテシステムの導入など、事業継続に必要な設備投資が重なることが多く、法人化の初期コストはより大きな負担となります。
また、整骨院の開業には地域ごとの保健所や柔道整復師会への登録手続きが必要なため、法人化に伴う追加費用も考慮する必要があります。
事務作業の負担が増える
法人化すると、個人事業主の時に比べて事務作業が大幅に増えます。法人としての決算書類の作成、法人税・消費税の申告、社会保険の手続きなど、多くの事務作業が発生します。特に整骨院では、健康保険の適用を受ける患者が多いため、レセプト(診療報酬請求)の処理が煩雑になります。個人事業の頃は比較的簡単に済ませられたレセプト業務も、法人化すると会計処理と密接に関わるため、税理士や会計士と連携しながら正確に管理しなければなりません。
また、従業員を雇う場合、労働保険や社会保険の手続きも必要となり、経理や労務管理の負担が大幅に増加します。
赤字でも法人住民税が必要になる
個人事業主の場合、赤字であれば所得税が発生しませんが、法人の場合は赤字でも一定の税負担が生じます。法人は地方自治体に対して「法人住民税(均等割)」を支払う義務があり、たとえ利益が出ていなくても最低7万円程度(東京都23区の場合)の納税が必要です。整骨院の場合、患者数が安定しない開業初期や、新たな分院を設立した際には売上が不安定になることがよくあります。特に、保険診療を中心に経営している整骨院では、診療報酬の改定や審査の厳格化により、一時的に収益が落ち込むリスクがあります。そのような状況でも法人住民税は納税し続けなければならず、資金繰りの悪化を招く可能性があるため、慎重な経営計画が求められます。
会社のお金と個人のお金が明確に分けられる
法人化すると、会社の資金と個人の資金を厳格に分ける必要があります。個人事業主の場合、事業の売上を個人の生活費として自由に使うことができますが、法人化すると会社の資金は法人のものであり、経営者個人が自由に使うことはできません。整骨院では、突発的な設備修理や備品購入が必要になることが多く、個人事業主のときは個人資金で柔軟に対応できたものが、法人化すると会社の経費として計上しなければならなくなります。
例えば、施術ベッドが故障した際に、個人事業ならば即座に自己資金で修理・購入できたものが、法人化後は会社の資金繰りや会計処理を考慮しながら対応しなければならず、スムーズに進まないこともあります。加えて、役員報酬として決まった額を給与として受け取る形式になるため、経営が不安定な時期には個人の収入が制限される可能性もあります。法人化することで、資金管理が厳格になる一方、柔軟性が失われる点を理解し、計画的な資金運用が求められます。
整骨院が個人事業主から法人化する時の注意点
整骨院が個人事業主から法人化を検討する際には、いくつかの重要な手続きや準備が必要になります。スムーズに法人化するため、事前に把握しておきましょう。
個人事業主としての廃業手続きが必要になる
整骨院を法人化する際、個人事業としての廃業届を税務署に提出する必要があります。これは忘れがちですが、提出を怠ると税務処理が二重になる可能性があります。他にも、保険請求で使っていた療養費の振込口座は法人のものに変更する必要も。レセプトの入金トラブルにつながりますので、個人名義の口座から法人名義への切り替えはスムーズに行なっておきましょう。
社会保険への加入義務が発生する
法人化すると、整骨院の代表者が1人だけであっても、健康保険と厚生年金への加入が原則義務となります。他にも、今まで国民健康保険と国民年金で対応していた柔道整復師が、法人化によって社会保険の手続きが必要になり、毎月の保険料負担が増えるケースもあるでしょう。スタッフを雇っている場合は全員分の加入手続きも必要になるため、事前の準備と資金計画が大切です。
整骨院を法人化する手続きの流れ
整骨院を法人化するには、いくつかのステップを踏んで手続きを進めていく必要があります。以下に、主な流れを整理してご紹介します。
- 会社概要を決める
- 定款を作成・認証する
- 資本金を払い込む
- 登記申請書類を作成する
- 会社の設立登記をする
まずは会社の基本情報を決定します。整骨院としての業務内容を反映させた商号(会社名)、本店所在地、事業目的、役員構成、資本金の額などを明確にします。例えば「○○整骨院株式会社」といった名称を検討し、整骨・リハビリ・保険施術などの内容も事業目的に盛り込みます。
次に、法人のルールとなる「定款」を作成します。整骨院としての営業内容や役員の任期なども記載されます。作成した定款は、公証役場で認証を受ける必要があります。定款には電子定款を使うことで印紙代の節約も可能です。
定款認証後、会社設立時に定めた資本金を発起人の個人口座に入金し、払い込みを完了させます。整骨院の場合、設備投資や施術機器の準備が必要になるため、ある程度の資本金を用意しておくと安心です。
会社設立に必要な登記書類(登記申請書、定款、発起人の同意書、役員の就任承諾書、印鑑届出書など)を準備します。整骨院の法人化にあたり、柔道整復師の資格を持つ院長が代表取締役になるケースが一般的です。
すべての書類が整ったら、法務局に登記申請を行います。登記が完了すると晴れて法人としての整骨院が誕生します。
まとめ
整骨院の法人化は、売上や所得の規模によって大きな節税や経営上のメリットが得られます。
ただし、法人設立や運営には費用や事務手続きの負担も伴います。
自院の成長フェーズに合った適切な判断が行えるよう、この記事でご紹介した内容をぜひ参考にしてみてください。
なお、はぎぐち公認会計士・税理士事務所では、整骨院の法人化に関するご相談も承っております。
どうぞ、お気軽にお問い合わせください。