介護タクシーは、高齢化が進む日本社会において需要が高まっている事業です。通院や買い物など、移動に不安を抱える方を支えるサービスであり、社会的意義も大きいといえます。
しかし、会社を設立して事業として運営するには、資格や設備、資金調達など多くの準備が必要です。そこで本記事では、介護タクシー会社を設立するための流れや費用、補助金制度、さらに失敗を避けるためのコツを解説します。
介護タクシーで会社を設立するのに必要な資格
介護タクシーとは、介護が必要な方や身体に障がいを抱える方が、通院や買い物、外出などを安心して行えるようにサポートする移動サービスです。一般のタクシーとは異なり、車いすのまま乗車できる専用車両を使用し、介助を行えるのが大きな特徴です。
介護タクシーの利用者は、通院など一定の条件を満たす場合には、介護保険を使ってサービスを受けることができます。介護保険を利用すると介助費用の自己負担が軽減されます。なお、介護保険を利用しない自費での利用も可能です。
介護タクシーは、多様なニーズに対応できる点で社会的にも需要が高まっています。そこで本章では、介護タクシーで会社を設立する時に必要な資格を紹介します。
普通自動車第二種免許
介護タクシーを開業するために必須となる資格が「普通自動車二種免許」です。これは、乗客を有償で運ぶ目的で旅客自動車を運転する際に必要となる免許で、タクシーやバス、ハイヤー、民間救急などの運転にも共通して求められます。介護タクシーも利用者を乗せて運行するため、必ずこの免許が必要となります。取得条件は以下です。
- 普通自動車免許等を取得してから3年以上経過していること
- 視力が片眼0.5以上・両眼0.8以上あること
- 信号の色が識別できることなど
取得方法は、指定の自動車教習所等で特定教習(取得時講習)1日、学科教習、技能教習(最短3日程度)を受け、試験に合格することです。介護タクシー事業を始めるにあたり、まずはこの免許を確実に取得しましょう。
介護職員初任者研修(介護保険タクシーの場合)
介護タクシーは、介護認定を受けた方や障がいのある方を対象に移動支援を行うサービスですが、その中で「介護保険が適用される介護タクシー」を運営する場合には、運転免許に加えて介護の資格が求められます。その代表例が「介護職員初任者研修」(旧ホームヘルパー2級)です。この資格を取得すると、車いすの操作や乗降時の介助、シートベルトの着脱補助、体調に配慮したサポートなど、介護保険サービスに必要な介助技術を提供できるようになります。
なお、全額自費利用の介護タクシーであれば、この資格は必要ありません。ただし、介護タクシー事業を行うのであれば、介護を伴うケースに備えて取得しておくことをおすすめします。資格があると明示していれば、利用者の安心につながり事業としての信頼性向上にも役立つでしょう。
介護タクシーで会社を設立する流れ
介護タクシーを会社として設立するには、ただ車両や資金を用意すればよいわけではありません。本章では、介護タクシー会社を立ち上げるまでの具体的な流れを順を追って解説していきます。
①必要な資格・要件を満たす
介護タクシーを運営するための第一歩は、必要な資格を揃えることです。基本となるのが「普通自動車二種免許」で、これは有償で人を運ぶ際に必須の免許です。取得方法には、自動車教習所に通って卒業後に試験を受ける方法と、直接運転試験場で試験を受ける方法があります。教習所に通う場合は、普通免許所持者であっても学科19時限、技能21時限を受講するのが一般的です。
さらに、介護保険を利用したタクシーを運営する場合には「介護職員初任者研修」の修了も必要です。この研修は約130時間のカリキュラムで構成され、講義や実技演習を経て修了試験に合格することで取得できます。
②法人設立や介護事業所指定の準備(介護保険適用の場合)
次のステップは、会社の法人化と介護事業所としての指定を受ける準備です。介護保険を適用したサービスを提供する場合、訪問介護事業所の一形態として運営する必要があるため、まず法人を設立しなければなりません。法人には「営利法人」と「非営利法人」があり、株式会社や合同会社などの営利法人は利益を構成員に分配することを目的としています。一方、NPO法人や一般社団法人、社会福祉法人などの非営利法人は利益を分配せず、社会貢献性の高い事業形態として位置付けられています。事業目的や運営方針に応じて、どちらを選ぶかを検討しましょう。
法人を設立した後は、介護保険事業所の指定を受けるための手続きに進みます。この指定を受けると介護保険を利用したサービス提供が可能になりますが、そのためには設備・人員・運営の各基準を満たすことが必須です。
例えば、事務スペースや相談室、トイレなど一定の施設要件を整備する必要があり、人員についてもサービス内容に応じて介護職員や看護師の配置が定められています。運営基準では、サービス拒否時の対応や利用者への説明体制の整備など、運営ルールが詳細に規定されています。
これらの要件を整えたうえで自治体に申請を行い、審査を経て承認されると「指定事業者」として認定されます。認定後には管理者向け研修を受け、修了後に指定書が交付される流れです。地域ごとに基準や必要書類は異なるため、必ず自治体の窓口や公式サイトで確認しながら準備を進めましょう。
③運輸支局への許可申請
介護タクシーを正式に開業するためには、運輸支局に申請を行い、事業許可を取得する必要があります。その際には複数の要件を満たさなければなりません。
| 項目 | 概要 |
| 資格要件 | ・普通自動車二種免許必須 ・介護職員初任者研修(介護保険タクシーの場合) |
| 人員要件 | 普通自動車二種免許保有者・運行管理者・整備管理者・指導主任者・苦情処理責任者の人員が必要 |
| 車両要件 | ・申請者が使用権限を持つ福祉車両、または一般車両を少なくとも1台用意すること ・一般車両を使う場合は介護福祉士や訪問介護員など有資格者の配置が必須 |
| 車庫要件 | ・原則、営業所に併設していることが必須条件 ・併設できない場合は、営業所から直線で2km以内に設置 ・車両の長さ・幅+1m以上のスペースがある介護タクシー専用のスペースが車庫にあること ・使用権限が3年以上あること ・車両点検をするための器具とそれを実現できる充分なスペースがあること ・土地・建物が建築基準法・都市計画法・消防法・農地計画法などに抵触しないことなど |
| 営業所要件 | ・土地・建物の使用権限が3年以上あること ・建築基準法・都市計画法・消防法・農地計画法などに抵触しないこと ・事務室および休憩室があること ・営業区域内に営業所が立地していること ・適切な事業規模であること |
| 休憩仮眠施設要件 | ・原則、営業所または自動車車庫と併設されていること ・併設できない場合は、営業所および自動車車庫のいずれからも直線2kmの範囲内であること ・他の用途に使用される部分と明確に区画されていること(マンションやアパートなどでもよい) |
| 任意保険加入の要件 | 最低でも対人1人につき8,000万円以上、200万円以上の対物補償に加入必須(一般的には補償額無制限の対人・対物に加入するのが一般的) |
なお、過去2年以内に免停になっている場合や過去に運輸関係の会社を経営していて、営業停止になった経験がある場合は、事業を開始できません。こうした条件をクリアして初めて、開業許可の審査へと進むことができます。
④法令試験・事情聴取
運輸支局への申請が受理されると、次のステップとして法令試験と事情聴取が行われます。法令試験は、道路運送法や関連する法規制、事業運営に必要な基礎知識を確認するためのもので、申請者自身が必ず受験しなければなりません。加えて事情聴取では、事業計画の妥当性や運営体制の適切さについてヒアリングが行われます。ここでの審査に合格すると、正式に介護タクシー事業者としての許可証が交付され、営業を開始できるようになります。試験や聴取の日程は地域ごとに異なるため、事前に運輸支局に確認しておきましょう。
⑤許可証発行・登録免許税納付
法令試験や事情聴取に合格すると、ついに介護タクシー事業者としての許可証が運輸支局から発行されます。ここから正式に事業登録へと進みますが、この際忘れてはならないのが「登録免許税」の納付です。
登録免許税は、事業を営むための権利を正式に登録するために必要な税金で、納付を済ませてから届け出を行うことで、ようやく会社として法的に認められた状態になります。ここで手続きを怠ると開業が遅れてしまうため、スケジュールを意識して確実に対応しましょう。
⑥運賃・約款の認可申請
登録が済んだあとは、運賃と約款の認可申請を行います。運賃は利用者が安心してサービスを受けられるように、法令に基づいて適正な料金体系を定める必要があります。また、約款は事業の運営方針やサービス提供のルールを明文化したもので、利用者との契約関係を守る役割を果たします。申請内容が基準に合致しない場合は却下される可能性があるため、あらかじめ国土交通省や運輸支局のガイドラインを確認し、適切な内容に整えて申請しましょう。
⑦車両登録・設備準備
介護タクシー事業を営むには、営業所や車庫が法令で定められた基準を満たしていることが求められます。例えば、営業所には事務作業を行える十分なスペースがあり、車庫は営業所に隣接または一定の距離内に設置されている必要があります。さらに、介護保険適用サービスを提供する場合には、所定の居室面積や相談スペース、トイレなどの設備を備えなければなりません。こうした基準を満たすことで、利用者が安心してサービスを受けられる体制が整います。また、車両については、事業用ナンバー(緑ナンバー)を取得し、車検や保険契約を済ませて登録を完了させます。これらの準備を丁寧に整えることが、信頼性の高い事業運営へとつながります。
⑧運輸開始届を提出して営業スタート
最終段階は、運輸開始届の提出です。許可証が発行されてから6カ月以内に提出する必要があり、これを怠るとせっかく取得した許可が無効となってしまう恐れがあります。提出書類には、運輸開始届の表紙、運行管理者の選任届、任意保険証書の写し、許可を受けた車検証の写し、営業所や車庫など事業用施設の写真などが必要です。書類の準備は煩雑になりやすいため、行政書士に依頼して確実に進めるのも選択肢のひとつです。提出が受理されれば、いよいよ介護タクシー会社として正式に営業を開始できます。ここまでの手続きは長く複雑ですが、すべてをクリアした時点で、地域社会に貢献できる新しい事業がスタートします。
介護タクシーで会社を設立するのに必要な費用
介護タクシー会社を設立する際の費用は多岐にわたります。主な支出は車両の購入や福祉改造、営業所や車庫の確保、運転免許や介護資格の取得費用、さらに開業後に必要な人件費・保険料・燃料代などの運転資金です。以下、必要な費用を一覧にしました。
| 主な費用 | 金額・備考 |
| 車両購入・改造費用 | ・一般的には200万円前後 ・軽自動車は100万円程度 ・ワゴンや大型車両になると300万円 |
| 営業所・車庫の確保費用 | 月額5~15万円程度が相場(敷金や礼金などの初期費用も必要) |
| 免許・資格取得費用 | ・普通自動車第二種免許取得費用約4万円 ・通学や合宿で取得する場合には20万円前後 ・介護職員初任者研修は3~10万円程度 |
| 運輸局登録免許税 | 3万円 |
| 運転資金(燃料代・人件費・保険料など) | ・開業資金として3カ月分の運営資金 ・営業所の水道光熱費や通信費、備品購入費など ・スタッフの人件費 ・任意保険料 |
車両の購入と改造は、介護タクシー開業で必須の投資です。車両購入代は必須かつ、車いす固定装置やリフト、シート改造などの設備を取り付ける改造費、送迎に使用する車いす自体の購入も必要です。すべて新品で揃えると負担が大きいため、中古車やリユース品を活用すれば大幅にコストを抑えられます。開業当初は必要最低限から始め、事業が軌道に乗ってから増車や設備拡充を行うのも現実的な選択肢です。
資格取得や登録などの費用は決まっていますが、事業の運転資金については幅があるため、余裕をもった資金準備がかかせません。また、特に車両の任意保険料は必須であり、加入する保険の補償内容によって金額が変わるため慎重に選びましょう。介護タクシー事業は利用者の安全を守るために保険の充実が求められ、対人・対物無制限で加入するのが一般的です。保険は契約内容を確認し、確実に準備しておきましょう。
介護タクシーで会社を設立する資金調達方法
介護タクシー会社を設立するには、前述のように多方面で費用がかかり、資金資金調達が欠かせません。会社設立には、自己資金だけでなく、補助金や助成金を活用して初期投資を軽減しましょう。そこで本章では、「小規模事業者持続化補助金」と「キャリアアップ助成金」、さらに国土交通省の関連補助制度をみていきましょう。
小規模事業者持続化補助金
小規模事業者持続化補助金は、商工会議所や商工会の支援を受けながら経営計画を策定し、その計画に基づいて販路開拓や業務拡大に取り組む際に利用できる制度です。(参照:中小企業庁 小規模事業者持続化補助金について)補助率は対象経費の3分の2以内で、上限は50万円。複数事業者が連携する共同事業の場合は100万円~500万円の補助を受けられるケースもあります。対象は卸売業・小売業・サービス業・製造業など幅広く、介護タクシー事業もサービス業として申請可能です。
ただし、車両やパソコン、文房具など汎用性が高く目的外利用になりやすいものは対象外とされているため注意が必要です。申請には、まず最寄りの商工会議所で「事業支援計画書」を作成してもらい、その後郵送で申し込みます。採択されれば、開業時の宣伝広告費やウェブサイト制作費用などに充てることができ、集客や利用者獲得に大きな効果を発揮します。
キャリアアップ助成金
キャリアアップ助成金は、非正規雇用労働者の安定雇用を推進する目的で設けられた制度で、契約社員やパート社員を正社員や無期雇用に転換した場合に助成金が支給されます。対象となるのは、6か月以上の雇用実績があるスタッフであり、さらに転換後6か月間の継続雇用が条件です。支給額は中小企業の場合、有期雇用を正社員へ転換した場合で最大80万円(2期分)、無期雇用への転換では最大40万円となります。大企業の場合はやや減額されますが、中小企業で介護タクシーを運営する多くの事業者にとって活用しやすい制度です。申請には「キャリアアップ計画」を作成し、労働局やハローワークに提出する必要があります。採択されれば、人件費負担を抑えつつ安定した雇用体制を構築できるため、介護タクシーの利用者に対しても安心感のあるサービス提供につながります。
また、国土交通省では、ユニバーサルデザインタクシー(UDタクシー)や福祉車両、乗降用リフト・スロープなどのバリアフリー設備を導入するための補助制度を設けており、事業に活用できます。参考:国土交通省 補助金のご案内(タクシー関係)
介護タクシーの会社設立で失敗しないためのコツ
介護タクシーは、高齢化が進む今の社会で需要が見込まれる事業であり、地域貢献にも直結する魅力的なビジネスです。しかし、開業には多くの準備が必要で、計画が不十分だと早期に行き詰まる恐れがあります。失敗を避けるためには、資金、料金設定、営業の3つの観点からしっかりと対策をとることが大切です。
まず、開業資金と運転資金は十分に確保しておきましょう。車両の購入や改造費用、事務所や車庫の維持費、人件費、保険料など多くの出費があります。さらに、開業直後から安定的な利用者を獲得できるとは限らないため、少なくとも半年程度は生活費も含めて支えられる資金を準備しておきましょう。
次に重要なのが料金設定です。介護タクシーの運賃は国土交通省の基準に従う必要がありますが、その範囲内でどう設定するかが重要です。料金を下げすぎれば一時的に利用者は増えても利益を圧迫し、長期的な運営が困難になるでしょう。逆に高く設定する場合は、サービスの付加価値をわかりやすく示さなければ集客に苦戦します。燃料代や人件費といった変動費をしっかり計算し、利益を残せる適正な料金を設定しましょう。
最後に、開業前からの営業活動が欠かせません。病院や介護施設、ケアマネジャーとの関係を築いて紹介を得られるようにしておけば、安定した顧客獲得につながります。また、地域での認知度を高めることも重要で、チラシ配布やイベント参加、インターネットを通じた情報発信など多様な方法を組み合わせて知ってもらう努力をしましょう。開業後に顧客を探すスタンスではなく、事前準備に注力しましょう。
まとめ
介護タクシー事業は、地域に貢献しながら安定した需要を見込める一方で、設立にあたっては資格取得や法人化、資金計画など多くの準備が欠かせません。
事業成功のカギは、十分な資金確保と適正な料金設定、そして開業前からの営業活動にあります。
計画的に準備を進め、信頼される介護タクシー会社を築き上げましょう。
はぎぐち公認会計士・税理士事務所では、介護タクシー会社の設立に関するご相談も承っております。
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