クリニックの法人化を考えているものの、「法人化のタイミングはいつが最適か」「設立の手続きは複雑ではないか」「本当に節税や経営面でのメリットがあるのか」など、多くの疑問や不安を抱えている方も多いでしょう。そこで本記事では、医療法人化のメリット・デメリット、具体的な設立の流れ、社会保険の選択肢を解説します。クリニックの法人化を成功させるために必要な基礎知識を網羅していますので、ぜひ最後までご覧ください。
クリニックが医療法人化するタイミング
個人開業のまま運営するか、法人化するかは慎重に判断すべき重要な選択です。ではどのようなタイミングで医療法人化を検討すべきなのか、目安になる規準を紹介します。
1、年間の所得が1,800万円を超えた時
個人事業主の所得税は累進課税制度により、所得が増えるほど税率が上がります。年間所得が1,800万円を超えると税率が40%に達し、税負担が大きくなります。そのため、医療法人化することで、法人税率を約15〜23.2%に抑え節税できます。
2、年間の社会保険診療報酬が5,000万円を超えた時(自由診療を含めて7,000万円を超えた時)
個人事業主として運営している場合、社会保険診療収入が5,000万円を超えると「概算経費」が使えなくなり、実際の経費しか計上できなくなるため、税負担が増える可能性があります。
3、開業7年目を迎えた時
多くの医療機器の減価償却期間は6年です。開業7年目を迎えると、これまで経費として計上できていた医療機器の償却費がなくなり、課税対象となる利益が急増します。この段階で法人化を検討することで、新たな医療機器を導入しながら、税負担をコントロールできるようになります。
4、事業承継を検討する時
個人事業主の場合、院長が引退するとクリニックを継続していけなくなる場合があります。また、事業継承には多くの手続きが必要になります。しかし、医療法人化しておけば、理事長を交代するだけで事業承継が可能で、スムーズにクリニックを引き継げます。
医療法人化は、節税対策や事業拡大を検討するクリニックにとって有効な選択肢です。所得税や住民税の負担が大きくなった場合や、事業拡大、後継者への事業承継を視野に入れるなら法人化が有効です。一方で、跡継ぎがいない場合や、開業間もなく経営が安定していない段階では、法人化のメリットを十分に享受できない可能性があります。加えて、経営の自由度を重視したい場合も、個人事業の方が柔軟に運営できるため、法人化は慎重に検討すべきでしょう。
クリニックが医療法人化するメリット
クリニックが医療法人化するタイミングの目安はわかりましたが、法人化するとどのようなメリットがあるでしょうか。本章では具体的な法人化のメリットを紹介します。
事業承継しやすくなる
医療法人化すると、理事長の交代だけで事業承継が可能になり、引き継ぎがスムーズになるメリットがあります。例えば、個人クリニックでは院長が引退する際、閉院手続きや新規開業の許可申請が必要ですが、医療法人ならその手間が不要です。また、建物や医療機器などの資産は法人名義のまま引き継がれ、相続税や贈与税の負担も発生しません。例えば、親子二代で経営するクリニックだと、複雑な事業継承はネックになりがちですが、法人化によって解消できるでしょう。
リクルートに役立つ
医療法人化すると社会保険や厚生年金の加入が義務付けられ、福利厚生が充実するため、リクルートに有利になると期待できます。例えば、看護師や医療事務スタッフにとって「法人経営のクリニック」の方が安定した職場と映り、求職者の応募が増える可能性があります。また、医療法人は複数の診療科や関連施設を展開しやすいため、「外来診療が合わなければ訪問診療に異動できる」といった柔軟なキャリアパスを提供できます。このような仕組みがある方が、人材の定着率向上につながるでしょう。
税率が低くなるので節税できる
個人クリニックは累進課税制度の影響で、所得が増えるほど税負担が重くなります。例えば、年間所得が1,800万円を超えると所得税率は最大45%になりますが、医療法人の法人税率なら最大23.2%と低く抑えられます。また、法人の財産は個人ではなく法人に属するため、相続時の税負担なく次世代へ資産を引き継ぐことができます。さらに、院長や家族を役員にして、役員報酬を分配すれば所得税の軽減が可能です。このように、法人化は税負担を抑える有効な手段になります。
経費に算入できる項目が増える
医療法人化すると、経費として計上できる範囲が広がります。例えば、個人クリニックでは経費計上が難しい家賃や自動車のリース費用も、法人なら業務用として経費にできます。また、院長の退職金も法人経費として認められ、将来の資産形成に役立ちます。さらに、学会参加費や研修費用なども経費にできるため、医師やスタッフのスキル向上にもつながります。例えば、最新の医療技術を学ぶための海外研修費用を法人経費で処理できれば、クリニック全体の医療レベル向上にも寄与するでしょう。
クリニックが医療法人化するデメリット
クリニックの医療法人化には節税や事業承継のしやすさなど多くのメリットがありますが、その一方にあるデメリットも理解しておく必要があります。本章では、医療法人化のデメリットを解説します。
事務作業が増える
医療法人化すると、法人としての運営に関わる事務作業が格段に増えます。例えば、毎年決算後に都道府県知事への事業報告書提出、役員の重任登記、資産総額の登記、監事による監査、社員総会・理事会の開催など、個人開業では不要な手続きが必要になります。特に、少人数で運営するクリニックでは事務作業が院長やスタッフの負担になり、患者対応や診療の質に影響が及ぶかもしれません。法人化を検討する際は、事務負担を軽減する仕組みを考えることが重要です。
社会保険に入るコストがかかる
医療法人化すると、健康保険・厚生年金などの社会保険への加入が義務付けられます。これは職員にとっては福利厚生の向上につながりますが、法人側にとっては大きなコスト負担となります。社会保険料は給与の約30%に相当し、そのうち半分を法人が負担するため、職員数が多いほど運営コストが増加します。年間数百万円以上のコスト増になる可能性もあり、経営が不安定なクリニックでは、経営悪化の要因にもなりかねません。そのため、法人化のタイミングは慎重に見極める必要があります。
法人の資金の自由度が低くなる
医療法人になると、法人と個人の資金が明確に分けられ、自由に資金を移動することができなくなります。例えば、個人開業時に借りた資金は法人に引き継ぐことができず、法人化後も個人として返済しなければなりません。また、法人のお金を個人の生活費として自由に使うことはできなくなり、役員報酬として受け取る形になります。そのため、経営判断の柔軟性が制限される点はデメリットといえます。法人化する際は、資金管理のルールをよく理解し、不正がないようにしなければなりません。
クリニックを廃業するのも簡単でなくなる
個人クリニックの閉院は比較的簡単ですが、医療法人の解散には多くの手続きが必要になります。具体的には、都道府県への解散届提出、法務局での解散登記、さらに場合によっては解散認可申請も求められます。また、法人の残余財産は国や地方自治体、他の医療法人などにしか譲渡できないため、個人で自由に処分することができません。クリニックの医療法人化をするには、将来的な出口戦略も考慮する必要があります。
クリニックが医療法人化する流れ
クリニックを医療法人化するには、事前準備から設立認可の取得、登記手続きまで、多くの書類作成や審査が求められます。本章では、クリニックが医療法人化する流れをみていきましょう。
事前準備
医療法人設立の第一歩は、まず設立事前登録をするところから始まります。都道府県ごとに申請受付期間や手続きの細かいルールが異なるため、早めに自治体のホームページなどで確認しておきましょう。また、申請に必要な書類や条件を整理し、漏れなく対応できるよう準備を進めます。
設立説明会を実施する
設立申請を行うには、まず医療法人設立に関する説明会への参加が求められます。この説明会は通常、年2回程度開催されており、自治体によってはオンライン参加が可能な場合もあります。説明会では、申請手続きの流れや必要書類、審査のポイントなどが詳しく案内されるため、必ず参加し内容を把握しましょう。
定款を作成する
医療法人の設立には、法人運営の基本方針をまとめた「定款」の作成が必要です。この定款には、法人名や所在地、業務内容、役員構成、会計処理、解散時の取り決めなどを明記します。また、診療所の所在地や広告手段なども定款に盛り込む必要があります。厚生労働省が公開している社団医療法人の定款例を参考にしながら、自院の方針に沿って作成しましょう。
設立総会を開催する
定款が完成した後は、設立者3名以上が出席する「設立総会」を開く必要があります。この総会では、法人設立の趣旨や役員の選出、役員報酬の予定額、事業計画や収支予算などを決議し、議事録として記録します。リース契約の引継ぎや不動産賃貸契約に関する承認もこの場で行うのが一般的です。議事録作成の際は、各自治体のサンプルを参考にするとよいでしょう。
設立認可申請書を作成し提出する
設立総会が終わったら、医療法人設立認可申請書を作成し、都道府県に提出します。申請は「仮申請」と「本申請」に分かれており、仮申請で内容が問題ないと判断された後、本申請へと進みます。申請書のフォーマットや提出書類は自治体ごとに異なるため、必ず事前に確認しておきましょう。
設立認可書を受領する
提出した設立認可申請書は、都道府県の審査にかけられます。自治体によっては、現地調査や代表者面談が行われることもあります。審査に通過した場合、知事の認可を経て、医療法人設立の許可証である「設立認可書」が発行されます。この認可書が交付されることで、正式に法人設立の手続きが完了します。
設立登記申請書類を作成する
設立認可書を受け取った後は、2週間以内に法務局で法人登記を行う必要があります。登記の際には、法人名や所在地、理事長の氏名、事業内容、解散に関する規定、資産の総額などを記載した書類を提出します。登記が完了すると、クリニックは「医療法人」として正式に活動を開始できます。
クリニックの法人化で医師国保と協会健保のどちらを選ぶべきか
クリニックを医療法人化すると、社会保険(健康保険と厚生年金)への加入義務が生じます。そこで、医師国保を継続するか、それとも協会けんぽに加入するかの選択が必要になります。どちらを選ぶべきかは、収入の安定性と扶養家族の有無で決まります。一般的に、収入が高く、扶養家族が少ない場合には医師国保が有利です。一方、収入が不安定、または扶養家族が多い場合には協会けんぽが有利になります。自身の経営状況や家族構成を踏まえて、最適な保険制度を選びましょう。
医師国保は、自治体や医師会が運営する保険制度で、保険料が一律に設定されているのが大きな特徴です。そのため、高収入の医師にとっては負担を抑えやすいメリットがあります。しかし、収入が減った場合も保険料は一定であり、扶養家族が多い場合は負担が増える点がデメリットとなります。一方、協会けんぽは、全国健康保険協会が運営する健康保険制度です。医療法人が加入する場合、法人が保険料の半額を負担することになりますが、収入に応じて保険料が決まるため、低収入時の負担は軽くなります。また、家族を扶養に入れやすい点もメリットです。
まとめ
本記事では、クリニックを法人化する際の適切なタイミングや、医療法人化のメリット・デメリット、具体的な設立の流れを解説しました。
社会保険の選択肢についてもふれているので、これからクリニックで法人化を検討されている方はぜひ参考にしてみてください。
なお、はぎぐち公認会計士・税理士事務所では、クリニックの法人化に関するご相談も承っております。
どうぞ、お気軽にお問い合わせください。