フリーランスエンジニアとして仕事が軌道に乗ってくると、「そろそろ法人化した方がいいのかな?」と考える瞬間がやってきます。しかし、税制の仕組みや手続き、メリット・デメリットを十分に理解しないまま法人化すると、思わぬ落とし穴にはまってしまうかもしれません。そこで本記事では、法人化を検討するタイミングから、法人化のメリット・デメリット、法人化の手順まで、フリーランスエンジニアが法人化を考える時にはじめに知っておくべき内容をまとめました。フリーランスエンジニアで法人化を検討している方の判断に役立つヒントが満載です!
フリーランスエンジニアが法人化するメリット
フリーランスエンジニアとして活動していると、売上や案件が安定してくるにつれて、個人事業主としての限界を感じることがあります。そんなときに検討すべきなのが法人化ですが、具体的にはどのようなメリットがあるか、みていきましょう。
節税効果が高くなる
法人化すると、個人で得ていたすべての所得を法人の利益として扱えるようになり、節税の手段が格段に広がります。例えば、配偶者や家族を役員や従業員にして給料を支払えば、所得分散として節税につなげることができます。また、法人では損金の範囲が広く、ソフトウェアのサブスクリプションや開発用PCの購入費用なども経費として処理可能です。例えば、個人では負担が重い30万円超のハイスペックノートPCも、法人なら一括または数年にわたって償却でき、資金繰りも安定します。特にエンジニアは開発ツールやインフラ費用がかさむため、こうした損金処理による節税効果は非常に実感しやすいです。
報酬を役員報酬として経費計上できる
法人になると、自分の報酬を役員報酬に設定することができ、その報酬を法人の経費として処理できます。これは大きな節税ポイントです。例えば、月に80万円の売上がある場合、個人事業主ではその大部分が課税対象ですが、法人では自分の報酬分を経費として落とし、法人の利益を圧縮すると法人税を軽減できます。また、役員報酬はあらかじめ定めた金額で支払う必要があるため、毎月の資金管理もしやすくなります。エンジニアの場合、案件ごとの報酬が高額になりやすいため、報酬を役員報酬として処理し、残りを会社に留保することで、効率的な資金運用が可能になります。
赤字の繰越期間が長くなる
法人では、赤字が出た場合でもその損失を最大10年間繰り越すことが可能です(※2025年現在の制度)。一方、個人事業主では繰越は3年間のみ。これは新規の事業やサービスに投資するエンジニアにとって大きな違いです。例えば、自作アプリを開発してリリースする際、初年度は開発費用や広告費がかさみ、赤字になるケースもあります。こうした赤字を法人として繰り越せば、将来的にその赤字分を黒字と相殺して節税することができます。フリーランスエンジニアが将来の事業展開を見据える上で、この「損失の活用」ができる制度は大きな武器になります。
経費計上の幅が広がる
法人化すると経費として認められる範囲が大きく広がります。特にエンジニアにとって重要なのが、家賃や通信費、福利厚生費の取り扱いです。例えば、自宅を事務所として使っている場合でも、法人なら事務所家賃として一定割合を法人の経費にできます。また、仕事に使うスマホや回線費用も会社名義で契約すれば、経費として計上可能です。さらに健康診断や資格取得の費用を福利厚生費として処理することもできます。ChatGPTなどのAIツールやクラウドIDE、バージョン管理ツールなども経費にできるため、業務効率を高めながら、税務面でもメリットを享受できます。
フリーランスエンジニアが法人化するデメリット
法人化には多くのメリットがある一方で、当然ながらデメリットや注意すべき点も存在します。特に、税金や社会保険などの負担増、制度上の制限、そして業務以外の管理負担が増す点は無視できません。ここでは、フリーランスエンジニアならではの視点で、法人化のデメリットや注意点を見ていきましょう。
赤字でも最低7万円の法人住民税がかかる
法人は利益の有無に関係なく、毎年「法人住民税の均等割」が課せられます。これは赤字であっても最低7万円(東京都23区の場合)を納税する必要があります。例えば、フリーランスエンジニアとしてアプリ開発に1年間集中し、収入がほぼゼロという状況でも、この7万円は必ず発生します。個人事業主なら赤字の年は所得税も住民税もほとんどかからないため、リスクを取って新しいプロダクトに挑戦する際には不利になることもあるでしょう。事業が軌道に乗る前の段階では、この赤字でも固定費がかかる点をよく考慮する必要があります。
社会保険料の負担が大きくなる
法人化して役員報酬を設定すると、原則として厚生年金・健康保険に加入する必要があります。これにより、社会保険料の負担が個人事業主時代よりも大幅に増加します。例えば、月額報酬を30万円に設定した場合、会社と個人でそれぞれ約4〜5万円ずつ、合計で8〜10万円前後の保険料負担が発生することになります。これは国民年金・国民健康保険よりも高く、特に売上が安定しない時期には大きな圧迫になります。クラウド案件が途切れた月や、収入が下がったタイミングでも毎月発生するコストなので、キャッシュフローの見通しが甘いと経営が一気に苦しくなるリスクもあります。
会社のお金を個人で自由に使えなくなる
法人化すると、会社のお金と個人のお金を明確に分ける必要があり、これまでのように自由にお金を使うことができなくなります。例えば、フリーランスエンジニアとして活動していた頃は、報酬が入ったらそのまま生活費やPC購入に使っていた、という人も多いはずです。しかし法人になると、会社の口座に入ったお金は「法人の資産」となり、社長個人が自由に引き出して使うことは原則できません。新しい開発用MacBookを買いたいと思っても、それが業務に必要かどうかの証拠や根拠を残しておかないと、経費として認められず、あとから税務調査で問題になるケースもあります。つまり法人化後は「何にどう使ったか」を常に記録・管理する必要があり、お金の自由度が下がる点に注意が必要です。
会計・税務の知識が必須になる
法人化すると、帳簿の作成や決算書の提出、法人税の申告など、個人事業主よりも圧倒的に複雑な会計・税務処理が求められます。クラウド会計ソフトの導入や税理士の契約がほぼ必須となり、その分コストもかかります。例えば、月額2万円〜5万円で税理士と顧問契約を結ぶことになれば、年間で十数万円の出費になります。自分でやる場合でも、仕訳や減価償却、貸借対照表などの知識が必要で、本業である開発作業に割く時間が削られるでしょう。特に、インボイス制度や電子帳簿保存法など制度変更にも対応しなければならず、エンジニアとはいえ経理面でも常に最新情報をキャッチアップする姿勢が求められます。
フリーランスエンジニアが法人化するステップ
フリーランスエンジニアが法人化するステップは以下のとおりです。
- 会社名や所在地などの基本情報を決める
- 定款を作成して公証役場で認証を受ける
- 法務局で法人の設立登記を行う
- 税務署に個人事業の廃業届を提出する
- 法人名義で銀行口座を開設する
- 社会保険の加入手続きを進める
フリーランスエンジニアが法人化を行う際の手順は、一般的な会社設立の流れに準じますが、個人事業主からの移行という点で特有の作業も含まれます。まずは、会社名・事業内容・所在地・資本金・役員構成といった基本情報を決定します。次に、会社の定款を作成し、公証役場で認証を受ける必要があります。認証後は、資本金の払込みを行い、法務局に設立登記の申請を行います。
法人登記が完了したら、個人事業の廃業届を税務署に提出します。廃業日は法人設立日と合わせることが一般的です。例えば、これまでフリーランスとして使用していた開発用PCやモニターなどの資産は、法人に「売却」する形式で移転します。この手続きにより、法人の資産として計上することができます。
その後、法人名義で銀行口座を開設し、社会保険への加入手続きも必要です。法人化により従業員がいなくても、代表者(=自分自身)が役員として社会保険に加入する義務が発生するためです。こうした流れをスムーズに進めるには、司法書士や税理士のサポートを受けるのも有効です。
フリーランスエンジニアが法人化を検討するべきタイミングと収入目安
フリーランスエンジニアとして活動していると、収入が増えたり、税金や経費面での負担が気になり、法人化を検討されるでしょう。そこで本章では、フリーランスエンジニアが法人化を具体的に検討すべきタイミングを解説します。
課税所得が800万円を超える時
所得が増えると、それに応じて所得税の税率も高くなっていきます。例えば、課税所得が800万円を超えると個人事業主の場合、税率は23%、900万円を超えると33%に跳ね上がります。この段階に入ったら、法人化によって税負担の軽減が期待できます。中小企業の法人税は、800万円までは19%、それを超えても23.2%で頭打ちのため、一定以上の所得を得ている人には有利です。特に、フリーランスエンジニアは案件単価が高く、年収ベースで800万円を超えることが珍しくありません。そのため、収入が安定してこのラインを超えるようなら、法人化による節税の恩恵を受けやすくなります。
売上が年間1,000万円以上になった時
年間の売上が1,000万円を超えると、翌々年から消費税の納税義務が発生します。これは個人事業主にとって大きなコスト増になる可能性があります。しかし、新たに法人を設立すれば、原則として設立1期目の売上はゼロと見なされ、消費税の免除対象になります。さらに、特定の条件(例えば設立初年度の期間が7カ月以下、一定期間の売上や給与支払いが1,000万円以下など)を満たせば、2期目まで免税が可能です。高単価案件を複数扱うフリーランスエンジニアの場合、売上が1,000万円を超えるのはそう難しいことではありません。このラインを超えたタイミングで、消費税負担を避けるために法人化を検討するのは有効な戦略です。
インボイス制度の影響で課税事業者になった時
2023年に本格スタートしたインボイス制度で、フリーランスエンジニアも実質的に課税事業者になるケースが増えています。これまで消費税の納税義務がなかった方も、適格請求書を発行するには課税事業者であることが条件となり、免税のメリットを享受できなくなりました。特に、クライアントが企業である場合「インボイス未登録」では取引を敬遠されることもあるでしょう。こうした状況では、法人として登録することで信用力が増し、取引継続や新規契約の獲得にもプラスに働きます。加えて、法人化によって条件次第では初期の消費税免除が適用される可能性もあるため、戦略的に検討すべきタイミングと言えます。
事業規模が拡大し、スタッフや外注が増えてきた時
フリーランスエンジニアとして順調に案件を増やしていくと、一人では処理しきれず、外注やサポートスタッフに協力してもらう機会もあるでしょう。そうなると、業務の管理や報酬の支払い、契約関係が複雑になり、個人事業のままでは対応が難しくなってきます。法人化すれば、契約の締結や給与の支払いがスムーズになり、労務管理や社会保険の加入など、組織としての体制も整備しやすくなります。また、法人であることによってパートナーからの信頼も得やすく、より大きな案件にチャレンジできる可能性も高まります。チームでの開発や複数案件の同時進行が増えてきたタイミングは、法人化のひとつの判断材料です。
まとめ
フリーランスエンジニアにとって法人化は、節税や経費計上の幅が広がる一方で、コストや手間も増える慎重な判断が求められる選択です。
課税所得や売上、事業のスケールなどを見極めながら、自分のライフスタイルや将来の展望に合った形で法人化を検討することが重要です。
本記事で紹介したメリット・デメリット、法人化のステップが、経営者として一歩踏み出すきっかけになることを願います。
なお、はぎぐち公認会計士・税理士事務所では、フリーランスエンジニアの法人化に関するご相談も承っております。
どうぞ、お気軽にお問い合わせください。